2010年01月01日

プロフィール

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HN:ある時は:青龍(Blue Dragon)

   ある時は:田山雄三(加山雄三と間違えないでください)

メールアドレス : maqy@ms14.megaegg.ne.jp

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誕生:1950年

住所:広島市

【職歴】

大学時代:家庭教師・デパートでアルバイト

新卒:東京の準ゼネコングループ(経理部)約3年勤務

帰広:イオングループ地域法人・量販店(バイヤー・店長・業態開発プロジェクトリーダー)約15年勤務

脱サラ:ディスカウントショップ・100円ショップ(広島市の1号店)
    骨董屋・手作りとインテリア雑貨の店経営 約15年

途中:大型ガーデンセンターなど3店舗の店長兼務 約5年

現在:インテリア雑貨の店・ネットビジネス


【趣味歴】

小学生低学年:プラモデル(飾り棚に100個以上飾っていたのを記憶している)

小学生高学年:電気・機械いじり(ラジオ・アンプ・ワイヤレスマイクなど製作)アマチュア無線(国家試験は受けなかった)ギター

中学時代:ラジコン(玩具ではなく本格的エンジン付き飛行機・船)

高校時代:軽音楽・エレキバンド(GSブーム)

大学時代:フォークバンド(広島フォーク村に所属・吉田拓郎さん・浜田省吾・村下孝蔵も所属/拓郎さんの前座経験あり)・ボーリング・ビリヤード・マージャン・少林寺拳法

社会人東京時代:飲む(歌舞伎町の酔いどれ天使?)打つ(競輪)

量販店時代:仕事

脱サラ自営:瞑想・仕事

ガーデンセンター:寄せ植え・フラワーアレンジ

現在:ネットサーフィン

時代と共に趣味が変わりどれも中途半端に極め(極めてない!)何一つものになってない。


【特技】

四柱推命

一般的には占いの王者と言われているが、運命鑑定学という立派な学問です。

自称セミプロ級、友人を鑑定してあげると良く当たると友達の友達(知らない人)まで鑑定依頼が来る。

【ペット】

現在猫2匹

子供の頃から犬猫は絶えず、どちらかまたは両方常にいる。

多い時は、犬5匹猫10匹いたことがある。

【前世】

 侍


メールアドレス : maqy@ms14.megaegg.ne.jp

こうやってプロフィールを書いている自分を客観的に見て「新し物好き」な

変なおじさん(王子さん?)だと自分でも思います。


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2009年12月31日

はじめに

このブログの反省記(半世紀)は、ブログの管理人である田山雄三が50年

を超える過去を振り返り、魂に刻んできた楽しかった事、悲しかった事など

喜怒哀楽を事実をもとに、ちょっとオーバートーク、ちょっと捏造し面白お

かしく書き綴ってゆきたいと思います。

人は誰でも、多少は山あり谷ありの人生ですが、田山雄三は特に人が経験し

ないような事をいろいろ経験してきました。

「振り返るにはまだ早い」と思う反面、記憶が定かなうちに書き記しておき

たいと言う気持ちでブログを立ち上げました。

「人生は重き荷物を背負って坂道を登るが如し」

「Challenge never give up!」

好きな言葉は、いろいろありますが、自分で選んで自分で歩んできた道を反

省はしても後悔はしないでこれからの残りの人生の糧にしてゆきたいと思います。

登場人物はすべて仮名です。
posted by 田山雄三 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月30日

誕生秘話

田山雄三 誕生秘話

1950年 広島市に誕生する。

父親は、当時広島唯一の民放に勤務するサラリーマン、

母親は、専業主婦の4人兄弟の末っ子として誕生。

生まれた時心臓病で死にかかっていて医者は、当時の医学では助からないと

言われたそうだが、信仰熱心な母は、一生懸命神様にお祈りしたそうです。

母の祈りが神様に通じたのか奇跡的に助かったそうです。

後に病気でお医者さんに行ったとき「あの子は(雄三)生きていたのか、信

じられない」と言われたそうだ。

1950年と言えば、戦後5年目でまだ世の中は混沌とした時代である。

団塊の世代の少し後の世代である。

生まれ育った家は、原爆ドームから直線で約1kmぐらいの距離で広島城も

すぐ近くにあり、中心街へも歩いていける距離で閑静な住宅街でした。

母親と上2人の兄は、被爆(原爆)をしています。

子供の頃、たまに原子爆弾の落とされた時の話を聞いていましたが、家は完

全に壊れ生きているのが不思議なぐらいであったそうだ。





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2007年01月15日

結婚式&新婚旅行

いろいろエピソードがありますが、

結婚式&新婚旅行も忘れられないドタバタ劇でした。

結婚式の仲人さんは、親の友人で銀行のおえらいさんに依頼しました。

式は滞りなく終わり、

披露宴も順調に進んでいました。

ところが宴たけなわ、ざわつき始めました。

いやな予感がして横を見ると仲人のご主人の方が、

高熱のため途中退場!!

オーマイガァッ!!!

なんてぇこった!!

このことはこれから起きるドタバタ劇の

ほんの序章でしかありませんでした。

この結婚は神様に祝福されてないのだろうか?

それでも披露宴は何とか無事終わり、

控え室に行くと「伊豆大地震」が起きたと言うニュースがはいった。

詳しい情報が入らないがまたまたいやな予感!?

新幹線は、遅れは出ているが動いているとのことでした。

それでも不安はぬぐえない。

新婚旅行は、式当日東京に行き、

翌日東京見物をし、ハワイに行く予定でした。

当時ハワイへ新婚旅行は珍しい頃でした。

話はそれますが、

そのころ私が海外旅行が続きJTBの社員と顔なじみになっていました。

その方にダメモトで「新婚旅行にハワイに行こうと思っていますが、

安く行くほうほうはないですか?」とたずねると

偶然にも式の翌日出発のツアーが、丁度2人分あいているとのこと。

式の日取りはすでに決まっていたので本当にラッキーでした。

そのツアーは、今だから言えますが、

某有名な飲料メーカー○○コーラの関係者のツアーでした。

「ツアーは関係者だけなのでもし声をかけられたら

それらしく振舞ってください。」と言われていました。

当時まだ1ドルが350円ぐらいの時代でしたが、

通常の半額で参加させていただきました。

話を元に戻しまして、「伊豆大地震」の影響で

広島駅に行きますと、新幹線は約1時間遅れているとのこと。

出張で新幹線を利用することは、しょっちゅうありましたが、

新婚旅行ということで初めてグリーン車を予約したのに・・・

駅員さんに事情を説明すると、

新幹線は、遅れていると同時に間引き運転になっているとのことで

指定予約は関係なく到着した列車に乗ってくださいと言うことでした。

そして1時間遅れで到着した乗る予定の1本前の列車に乗り込むと

偶然にも同じシート番号が2つあいているではないですか。

駅員さんの言われたことを念のため車掌さんに説明をすると

東京に到着するまでに途中の駅からそのシートの人が乗ってこられたら

立ってくださいといわれました。

幸いなことに東京に到着するまで
ずっと座ったままで行くことが出来ました。

しかも1時間以上遅れたということで運賃は全額返金されました。

ラッキー!!

無事東京に到着し、すぐ近くの予約していたホテルへ・・・

TVのニュースを見ると

私たちが乗ったひかりが最後で山陽新幹線は、

すべて運休になったとのこと。

しかも翌日のニュースを見ると翌日も運休で

丸24時間運休になっていました。

24時間運休は、あとにも先にもこのとき以外ないと思います。

つまりあの時1時間遅れの私たちが乗る予定の1本前の新幹線に乗らなかったらハワイへ新婚旅行にいけなかったと言うことです。

なんてついているんだ!!

最悪の状況で最善の結果が!!!

そしてホテルにチェックインしてゆっくりするまもなく次の事件が・・・・

嫁さんが、お風呂にお湯を入れるためバスルームへ

その数秒後、嫁の悲鳴が「キャァー!!」

バスルームに行くと

なんとそこにはずぶぬれになった嫁さんが・・・・・

シャワーと水道の切り替えレバーが壊れていて

湯船にお湯を張ろうと蛇口をひねると

シャワーヘッドから水が・・・・しかも大量の・・・・

有名なホテルなんですが・・・・

いろいろありましたが、やっと寝床へ

翌朝、目がさめると式の疲れからか嫁さんが体調がよくない。

ホテルに頼んでみたが、部屋が空いてないので一旦チェックアウトをしてホテルを出て東京見物に・・・

でもやはり、嫁さんの体調がよくない。

もう一度泊まったホテルに電話をしてお願いをすると

やりくりして休憩させてもらうことに・・・

数時間休憩すると落ち着いたのでもう一度東京見物に・・・

そして夕食は普通に食事ができたのでやっと落ち着いたと思っていました。

ところが、ドタバタ劇はまだまだ終わっていなかった。

、そして夜羽田空港(当時は羽田でした)から旅立つのですが、

ツアーの参加者は、皆さん早めに東京入りしていたみたいで、

新幹線が24時間運休になった割には全員集まっていました。

そしていよいよ搭乗しハワイへ向けて離陸・・・・

離陸してシートベルトをはずすと嫁さんは、トイレに行くため後方へ・・・

数秒後「キャァー!!」と言う悲鳴が・・・

またまたいやな予感が!?

後ろのほうで「女性が倒れた!!」と言う声が・・・

「まさか!」

そうです。

そのまさかです。

倒れた女性は私の奥さんです。

トイレに着く前に通路で嘔吐して倒れ、しかも意識不明です。

スチュワーデス(当時はそう言っていました。)が、

「女性が倒れましたが、ご家族の方はいらっしゃいませんか?」

服装の特徴をアナウンス・・・

いやな予感どおり私の奥さんです。

お姫様抱っこと言えば聞こえは良いが、

抱きかかえて自分の席まで連れ戻しました。

10分くらい経っても意識が戻りません。

スチュワーデスが、やってきて「奇跡に近いぐらい

偶然にも1箇所シートが横3列(A・B・C)空いています。」

と言ってアームをはねあげてベッド状にしてくださり寝かせてくださいました。

スチュワーデスいわく長年フライトしているが、

本当に横3つ並びでシートが空いていたことはない。

奇跡に近いと言われました。

そしてさらに「奥さんは妊娠しているのでは?」

「いいえ(そんな出来ちゃった結婚ではありません。)」とは言いませんでしたけど・・・

そしてさらに「もし奥さんの意識が戻らなかったら、ホノルル空港へ降りる

ことは出来ません。意識が戻らないと疫病と判断され強制送還されます。」

とのことでした。

「意識が戻っても、足元がふらついていると怪しまれるのでしっかりと腕を

組んでふらつかないようにゲートを通過してください。」と言われました。

半分あきらめていました。

いよいよ着陸態勢にはいっても意識は戻りません。

絶体絶命!!

もうだめだ!

強制送還だ!

頭をよぎる。

着陸10分前、

目が開いた!

意識が戻った。

奇跡が起こった!!

しかしもうひとつ問題が・・・

税関をふらつかないで通過できるだろうか?

今まで数時間意識がなかった人間がしゃんと歩けるだろうか?

不安でしょうがなかったが、

ここでも奇跡が!!!

しゃんと歩いてる。

今までの意識がなかったのは何だったのだろうか?

まだまだ続くので後日2部を書きます。










posted by 田山雄三 at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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